ALL #39

ALL #38 - 日記


1ヶ月ほど前からだろうか、ちょうど地固め療法の2回目が始まった頃からだと思うけど、僕は秘密の筋トレを続けていた。


それは病室で腕立て伏せやスクワットをするというようなものではない。僕の入院している病院は、僕の行動できる範囲で地上6階地下1階の造り。僕はそれを利用して毎日ほぼ欠かさずトレーニングを行っていた。6階に入院している僕は、地下にある売店に行く際、いつもエレベータを使わずにすべて階段で昇り降りをしていたのだ。


これは結構な運動になる。例えば僕が勤めている職場は建物の5階まで上がらないといけないのだけど、大体エレベータを使っていて、たまに階段で昇ったりすると、健康で体力が十分なときでも結構しんどい。便利なものに慣れきった現代人は敢えてエレベータを使わず階段を昇る人も少ないし、大概の人が息を切らすのではないだろうか。でも筋力アップと心肺機能の維持につながるこの運動は、入院生活によって進む体力の低下を食い止めたい僕にとってうってつけだった。


しかも僕は普通の人と異なり、24時間胸に点滴の管が刺さっていて、必ず点滴棒を伴って生活している。点滴棒はキャスターつきだから基本的に階段を使って移動することはできないのだけど、僕は金属製のその点滴棒を担いで6階から地下まで降りて、売店で買い物をすると、また点滴棒を担いで6階まで昇る。通常の状態より更に足かせをつけた状態でトレーニングを行っているというわけだ。


点滴棒をずっと持っているというだけで結構な負担なので3階くらいで大体一度は休憩をするし、特に昇りは本当に息が切れて数分休憩してから再開するというような感じだった。でも僕はその運動の後、いつもとてもすがすがしい気分になれた。


だけどこの僕の秘密の筋トレは突如終局を迎えることとなった。


階段というのは当然僕だけのものじゃなくて、多くの人が利用する。しかも患者というのは基本的に激しい運動をしないものなので、利用する人の多くは病院側のスタッフたちである。僕は爽やかに挨拶をしながら昇降に精を出していたが、やはり「大丈夫なのか?」といった表情で僕を見る看護師なども多いので、なるべく会話はせず、人の少ない時間帯を選んでいた。


でもこの日すれ違った看護師は違った。そのベテラン看護師は僕を見つけるととても驚き、「何してるの!?」と言って僕に駆け寄った。僕はさらっとかわしてその場を去ったつもりだったが、彼女はそんなに甘くなかった。


次の日、僕のところに担当看護師がやってきた。20代でかわいくて優しい僕の担当看護師さんだけど、その目はつり上がり、声は低かった。


「3階の看護師さんから連絡を受けたんですけど。」


僕はひとしきり説教を受け、以後点滴棒を担いで階段を昇り降りすることを固く禁じられた。