ALL #37

ALL #36 - 日記


僕は彼のいなくなった窓際のベッドに移動することになった。念願の窓際をこういう形で手に入れることになるのは複雑な気持ちだった。確かに日が差して明るいけど、外の景色ほど僕の心は晴れなかった。


違う部屋になると、きっと彼と会う機会は少なくなる。それに、いざ移植となると大量の抗がん剤を投与したり放射線を当てたりして免疫力をなくしていく必要がある。そのため更に専用の病室に移されると思うので、そうなるとなおさらだ。じゃあ移植が終わるまでのことかというとそう簡単ではない。移植後、一般病棟に戻れるようになるまでには時間がかかるし、そもそも移植が100%成功する保証はない。また仮に移植が成功したからと言って病気が治るかもわからない。


ただ、そんなにすぐに移植に入るわけでもないだろう。しばらくは同じ病棟の個室にいるだろうから、トイレに行く時なんかにすれ違ったりしたときに話ができる。そう思っていたけど、その機会にはなかなか恵まれなかった。もう移植に入ったのだろうか。彼とまた今までのように話をしたりできるのは果たしていつのことになるのだろう。そう思いつつ僕は日々を過ごした。


窓際の景色はとても良く、近くを流れる川の向こうに繁華街が見える。僕はもう面会室で長い時間を過ごすことはなくなった。最初は自分がそこにいることに違和感があったけど、毎日窓際で外の景色を見ているとだんだんこの場所に慣れてくる。ここに彼がいて、僕がその隣の廊下側のベッドにいたのはもう随分昔のことのように思えた。彼が今どうしているのか、個人情報などの厳しくなった今、僕はそれを知ることができない。


しかしあるとき、誰か知らない患者のおじいさんが看護師さんと話をしているのが聞こえた。


「あの子はどうしたんや?」
「おうちの都合で他の病院に行かはったんよ。」


え?この病院で移植するんじゃなかったの?確かに家は遠いって言ってたけど、治療のためにわざわざこの病院を選んで半年も入院してるんじゃなかったの…?


結局、その後彼が僕の前に姿を現すことはなかった。看護師は、患者に不幸があったとしても、周りの患者に事実をそのまま伝えたりはしないらしい。彼はその後どうしたのか、本当に他の病院に行ったのか、移植をしたのか、生きているのか死んでいるのか、僕には何一つわからない。


その後、僕は彼のいない生活にだんだんと慣れていった。窓際の景色には満足していたし、治療は順調に進んだ。依然として退屈しのぎが問題で、雑誌を読んだり、外を眺めたりして過ごした。


結局僕はPSPを買わなかった。