振込み手数料

世の中から、何でも3つ好きなものを消滅させることができるとしたらどうしますか?僕なら、ゴキブリと、あの時あの子に放ったあの一言と、振り込み手数料ですね。


僕はもう長いこと働いていませんが、もちろんこれは普通のことではありません。狩りをしないトラが飢え死にしてしまうのと同様、何もしなくても人間にはいろんなものが必要で、そのためには働いてお金を稼ぐ必要があるからです。でも人間の社会はトラのそれとは異なります。人間には「保険」という概念があり、病気をした人には、その生活費が支払われます。よって僕は今、働かなくても生きていけるのです。


ということで僕は毎月健康保険組合から給付金を受け取り、魚を買ったり電車に乗ったりしています。しかし先月、郵送されてきた給与明細を見ると、給付金が入っていませんでした。手続きの都合で遅れることがあるのです。支払われるのは次の給料日…。そして一枚の紙が給与明細に添付されていました。


「残高がマイナスの場合は、指定の口座にマイナス分を振り込んで下さい。」


収入がなくても税金や保険は天引きされるため、僕は一ヶ月後まで生活費を受け取れないだけでなく、貯金の中から家賃などとともに、会社に対しても振込みをしなくてはならなくなりました。でも僕は根っからの振り込み手数料嫌いです。その対策として、僕は普段インターネットによる振込みを利用しています。これだと手数料が無料だったりするので。でも厄介なことに、僕は事情で1ヶ月くらいインターネットが使えない状態にありました。


どうしたものか。


会社からは「月末を目処に」振り込んで欲しい言われてますが、インターネットが使えるようになるのは月明けの10日頃。僕は粘りこむ作戦に出ました。「目処」というのは拡大解釈できる言葉です。


しかし10日が近づいた頃、10日と思われていたインターネットの復帰が20日頃にずれ込むことがわかりました。会社からの催促の電話もあったりしたので、僕はしぶしぶ銀行に向かいました。


カードで振込みをするためATMで案内に従って操作していると、しばらくして異変に気付きました。行員に調べてもらうと、非常な通達をされました。


「暗証番号の間違いのため、もうこのカードは使えません。」


…。僕はインターネットでの振り込みをずっとしていたせいで、このカードの暗証番号を間違っていたのです。


仕方ないので、窓口で振込み手続きをしようかと思いましたが、その手数料なんと600円!ないない。これはありえない。とりあえずカード再発行の手続きをしてから対策を考えるか…。僕はそう思って念のため行員に聞きました。


「再発行に別途料金なんて要らないですよね?」
「1000円いただきます。」


僕は耳を疑いました。


「1000円?」
「はい。」
「番号間違っただけで1000円も取るの?」
「はい。」
「ほんとに?」
「はい。」


マニュアルでもあるかのように強気に「はい。」と言い張る行員にぶちきれそうな気持ちを抑え、僕はカードの再発行を拒否して帰宅しました。銀行許せない。何かと手数料を奪い、利子は少ないくせに、困ったときは公的資金を使う。


僕は考えた挙句、後日再び銀行に向かいました。前の行員だとぶち切れてしまうといけないので他の行員に声をかけました。


「あの、新規で口座を開設したいんですけど。」


僕が考えた方法、それはインターネットの復帰する20日まで更に粘りこんで絶対に振り込み手数料は払わず、また失ったカードは口座を作ることによって復活させるというもの。


僕はこの日の行員にも腹を立てていましたが、努めて淡々と手続きを進めました。と言っても、カード再発行1000円に対しては文句を言ってましたが。通帳と印鑑を持っていて、いますぐでももともとの口座から全額引き出すことができる人間がここにいるのに、カード再発行には1000円必要で、新規口座を開設すると無料でカードが作られるのは、銀行にとっても客にとっても面倒なだけじゃないのかと。行員は「そう決まってるんです。」と繰り返すだけでした。


そして僕は会社からのプレッシャーに耐え、晴れて今日、振り込み手数料を払うことなくマイナス分を振り込んだのでした。