傷ついた男がいた。男は深い森の中を彷徨っていた。そこがどこなのかはわからない。男は歩けなくなった。男は力尽きようとしていた。男は岩にもたれかかり、遠くを見ていた。


男はかすんでいく視界の中に、一輪の小さな花を見つけた。崖の向こうに咲いている一輪の花。その花は、雨の日も風の日も、いつも元気に咲いていた。男はその花を見ていると、とても安らかな気持ちになれた。


男は毎日その花を見るのが楽しみだった。男は死ななかった。


気がつくと男の傷は癒えていた。男はもたれていた岩から立ち上がった。男は、その花をもっと近くで見てみたいと思った。


男は崖を少しずつ降りていった。本当にその花の近くまで行けるのかわからなかった。本当にその花があるのかもわからなかった。でも男はその花をもっと近くで見てみたいと思った。男は進んだ。


何日経っただろうか、男はとうとう花のところに辿り着いた。


男は愕然とした。元気に咲いているように見えたその花は傷だらけで、震えるように咲いていた。荒れ果てた岩肌に、必死に根を伸ばして咲いていた。


その花は、かつてたくさんの仲間と一緒に咲いていた。明るい光が降り注ぐ大地に咲いていた。だがあるときたくさんの雨が降り、強い風が吹いた。気がつくと、もう仲間はいなかった。何が起こったのかわからなかった。その花は、もう何も信じられなくなった。


男がその花の傍らにたたずんでいると、いつしか雨が降り出した。雨粒が当たると、花は倒れそうになるのを必死にこらえた。何もできない男は、持っていた布で傘を作ってやった。気のせいか、花はとても嬉しそうに見えた。男は、その傷ついた花を美しいと思った。


男はその花を見ていると、とても安らかな気持ちになれた。