ALL #18

ALL #17 - 日記


髪の毛を短くしてもしばらく脱毛は続き、枕やシーツには短い毛がたくさんついた。


でも徐々に脱毛はおさまっていった。枕などに毛がついたり、シャンプーのときに髪の毛がたくさん流れることもなくなり、タオルで頭を乾かすこともできるようになった。外見的には、まばらに髪の毛が生えた状態になってしまったけれど、生活はしやすくなった。普段病院で過ごしているときはそのままだけど、面会の人が来たときなんかにはタオルや帽子で頭を隠した。


それと同じ頃に、この療法での抗がん剤の投与はスケジュールどおり終了した。


これまでは、腎臓が詰まらないようにイノバンという薬で尿を出やすくしていたが、これも終了になった。これで夜中に何度も何度も目を覚ましてトイレに行っていたのが軽減される。


この後は毎日投与しているプレドニンの量を少しずつ減らしていき、ゼロになれば寛解導入療法も終了となる。寛解導入療法によって寛解状態が得られるかどうかは予後を左右する重要なファクターと言われる。寛解状態に至ったかどうかは、最終的に骨髄検査で判断されるが、血液検査の経過は順調なので、今後行う骨髄検査の結果も期待できる。


そして白血球の数が増えてきた。骨髄抑制が終わりつつあるのだ。白血球を増やすためにしていた毎日のグランという注射も必要なくなる。


白血球が増えてくると、院内の限られた場所へ、必要なときにマスクをして短時間行くことが許された。僕は売店に行ってみた。初めて入る売店。小さな店だし、置かれているものは限られているけど、自分の買いたいものをこの眼で見て自由に選べるというのはとても嬉しいことだった。僕は飲み物を買った。いろんなことが少しずつできるようになってきた。


売店を出て帰ろうとすると、まっさらの白衣を着た看護師さんがゾロゾロと歩いていた。よく見るととても初々しい。どうやら新人の看護師さんが院内を案内されているようだった。気がつくともう4月。病院から出られない僕のために桜の写真をメールで送ってくれる人もいる。


先生からは、白血球の数がある程度まで上がったら、骨髄検査をしましょうと言われた。これで問題なければ寛解導入は成功。次からは地固め療法を行うことになる。寛解状態と言っても白血病細胞は存在するので、更にそれを叩くための療法だ。そして先生は、もし寛解していれば、次の地固め療法までの数日、家に帰ってもいいよと付け加えた。