ALL #17

ALL #16 - 日記


抗がん剤の副作用として説明は受けていたものの、現実となるとやっぱり嫌なものだ。抗がん剤を使い始めて数週間経った頃から、髪の毛が簡単に抜けていくのが実感できるようになった。


朝起きるとまず枕を見る。するとたくさんの髪の毛が枕についていて、それを手で拾ってゴミ箱に入れてから一日が始まるようになった。しだいに脱毛はひどくなり、少し寝転んだだけでもたくさんの髪の毛がシーツについた。視界にも、抜けて落ちそうになっている髪の毛が見えたし、それをとろうとすると、一緒にたくさんの髪の毛が手についてきた。気になるので髪の毛を手ですくと、いくらでも髪の毛が抜けた。きりがなかった。


お風呂に入って髪の毛を洗うと、たくさんの髪の毛が流れて排水溝にたまった。更に髪の毛を乾かそうとするとタオルが髪の毛だらけになるのでタオルドライはできず、髪をさわらずにドライヤーで乾かした。でもその後にはたくさんの髪の毛が落ちていて、看護師さんに掃除してもらわなければならなかった。ある看護師さんに、枕についた髪の毛は、粘着テープのついたローラーで自分でとって下さいと言われた。


たぶん髪の毛はこれからもどんどん抜けていく。抜けるものを切るのはばからしいと思っていたけれど、これ以上迷惑をかけられない。看護師さんのすすめもあって、髪の毛を切ることにした。


病院には地下に散髪屋さんがある。医師には、マスクをしっかりして移動するように言われた。予約をすると理容師のおじさんが迎えに来てくれて、車椅子で移動した。ほとんどの時間を病室で過ごし、自分のいる病棟さえよくわかっていなかったので、散髪屋さんのある地下に行くのはとても新鮮だった。


散髪屋さんに入り、点滴のルートなどに気をつけながら鏡の前の椅子に移動すると、おじさんがどうするか聞いてきた。とにかく短くするように頼んだ。生まれてこの方髪の毛はある程度の長さがあって、坊主やスポーツ刈りなんかにはしたことがなかった。昔は髪の毛を短くするのがすごく嫌だったけど、今はまあ仕方ないかという感じだった。あんまり短いのも何だから、スポーツ刈りにすると言って、おじさんは髪を切り始めた。


おじさんはかれこれ数十年、病院で散髪屋をしているらしかった。僕は、数十年もの間病人の髪を切り続けるとどういう気持ちがするものかうまく想像できなかったのでいくつか質問したが、おじさんは質問に答えるのも早々に自分の話したいことを話していた。昔この病院は別の場所にあったのだとか、ここの看護師さんはきちっとしてるだとか。僕は適当に相槌をうったり、聞かれたことに答えたりしていた。


そうこうしているうちに髪は短くなった。髪が短くなった自分を見ても、特に感想はなかった。


最後に髪を流したけど、短くなってもやっぱり抜けるのできりがなく、おじさんは適当なところであきらめて、ドライヤーで乾かして散髪が終わった。


こうして僕は、外見的にも一人前の癌患者になった。