ALL #10

ALL #09 - 日記


病名が判明してから何日かは、同じ治療を続けて詳しい検査結果が出るのを待った。遺伝子検査などは外部機関に委託して数日かかるからだ。


その間、毎日血液検査をしたが、概ね経過は順調だった。痛みや咳も次第になくなっていった。少しずつ足に入れてるカテーテルにも慣れたけど、やっぱり常に痛みはあったし、自由に動くのは難しかった。ちょっとずつ挿入口から血が漏れるので、ガーゼは頻繁に取り替えてもらった。


病室にいても特別することはないので、本を読んだりテレビを見たり、メールをしたりして一日を過ごした。お風呂には入れないので体を拭いてもらうこともあった。看護師さんたちは、普段この部屋は体が動けない人とかが入る部屋なので、僕みたいなのは世話がかからない方だし、どちらかというと高齢の人が多いから、年の近い人と話す方が楽しいよと言ってくれた。僕は、看護師というのは患者を完全に患者扱いするのかと勝手に思っていたけど、普通に世間話をするように話をしてくれた。お陰であまり暇だとは思わなかった。


食事はもちろん病院食だが、おいしくなかった。こんなのずっと食べてたら病気になりそうだ。量も少ない。でも食べないといけないので、ごはんを大盛りにしてもらって延々フリカケをかけて食べたりした。普段は体に悪そうだし、まずいし栄養もなさそうだしで、フリカケを食べることはないけど。


外ではいろんなことが起こっているようだった。テレビは飛行機が胴体着陸したというニュースでもちきりになっていて、搭乗していた人がインタビューに答えていた。乗っている飛行機の前輪が出ないのと、あなたは白血病ですと言われるのとは、もしかしたら少し似ているのかもしれない。


親しい人たちが、とてもよくしてくれた。メールや手紙や電話をくれたり、病室の前まで来てくれた人もいた。持ってきた花が禁止されているので、僕に届かなかったりはしたけど、メールで見せてもらった。僕は病気になって心が弱ることはなかったけど、この人たちとまた遊びたいなと思ったし、そう思える人がいることが嬉しかった。まあそのお陰で心が弱らなかったのかもしれないけど。


そして数日後、詳しい検査結果が出た。


いつもは立ったまま話をしたり、診察や処置をしたりする医師が、この日はパイプ椅子を置いてそこに腰掛けた。