カニ

カニをもらったので食べることにしました。


家にカニ用スプーンがないのでいつも苦労するのですが、カニのハサミが結構使えることに気づきました。でも皮肉なものです。今まで散々いろんなものを挟んできたハサミが最後に自分の肉を食べるために使われているなんて。


ところでカニのハサミに実際に挟まれたことのある人ってどれくらいいるのでしょう。実は恥ずかしながら、僕は挟まれたことがあります。世の中の何パーセントくらいの人がカニに挟まれたことがあるのかわかりませんが、漫画みたいだしあんまりいないんじゃないでしょうかね。


ある夏の日、おばあちゃんの家に行ったついでに海水浴に行きました。僕は特に子供の頃は水が嫌いで、泳ぐことにほとんど興味を示していませんでした。僕の興味は海の生き物たち。いろんなものを捕まえようとしている僕を見て、母親が言いました。「何でもいいから魚捕まえたら1000円あげるわ」。つまり僕に捕まるマヌケな生き物はいないだろうというわけです。子供の僕でも侮辱されているのはわかりました。絶対に捕まえてやる!僕は不退転の決意で海に向かいました。


しかし確かに生き物というのはすばしこい。タモさえ持たない僕をあざ笑うかのように小魚たちは泳いでいました。これは無理だな…僕があきらめかけたとき、海水浴場に張られているロープに僕をドキドキさせる生き物を発見しました。結構大きなカニ(今から思うとあれはガザミ)でした。


動きの遅いカニなら!


僕は不用意にカニに手を伸ばしました。すると…親指をカニに挟まれてしまいました。カニは体の割にとても強い力で僕を挟みました。普段の僕なら泣いてましたが、僕には目的があります。僕は挟まれたというより、自らを餌にカニを釣ったような気分でした。とても痛かったけど、逃げられないことを一番に考えて砂浜に上がり、陸上戦に持ち込みました。人間、子供とは言え誰も助けてくれない状況では泣いたりしません。泣いても何も解決しないからです。困難に陥ったときに泣いてしまう人には、往々にして誰かに助けて欲しいという気持ちがあるものです。


僕は陸上戦に持ち込んだ時点で勝利を確信していましたが、思わぬカニの行動に苦戦を強いられました。なんとカニは僕を挟んだまま離さないばかりか、ずっとその握力を弱めることなく長時間に渡って同じ圧を僕の指にかけ続けたのです。


抵抗せずにじっとしていれば、カニはバカだから挟んでいるものが敵じゃないような気がしてきて力を弱めるに違いないと思っていた僕の方がバカでした。僕は海水浴客でにぎわう砂浜で、一人カニに挟まれたままじっと耐えていました。


どれくらいの時間が経ったでしょうか。こんなに耐える小学生がいるのかというくらい耐えたとき、カニの様子がおかしいことに気づきました。よく見ると、カニは息絶えていました。カニは自分の命が絶えても僕の指を挟み続けていたのです。その亡骸は、バッファローマンとの戦いで立ったまま力尽きたウォーズマンのようでした。


僕はケガはしたもののようやくハサミから解放されました。しかし男らしい戦いっぷりに魅せられ、僕はカニが死んでしまったことがとても悲しくなりました。戦争で戦友を誤射してしまったかのような気分でした。そんなことを思い出しながら今日はカニをおいしくいただきました。


そしてもう一つ思い出した母親の一言「カニは魚じゃないから1000円あ〜げない。」