ALL #42

ALL #41 - 日記


長期の入院。午後の陽ざしの中、ぼーっと病室の窓の外に広がる河の堤防を見ていると、時が止まったような錯覚に陥る。人が歩いているのが見える。ウインドサーフィンを楽しんでいる人たちが見える。鳥が上昇気流に乗って空高く舞い上がるのが見える。


でも時は止まってなんかいない。


僕が入院生活に入った直後、元気な赤ちゃんを産んだ人がいた。僕は産休に入るその人を、「頑張って」と送り出したのを覚えている。僕の知らないところでつらいこともたくさんあったろうけど、無事大仕事をやってのけた。


結婚した人もいた。僕はその人の披露宴に行く予定だったけど、結局行けなかった。入院してからも、ギリギリまで可能性は残したけど、やっぱり出席するのは無理だった。後日、とても幸せそうな写真を見せてもらった。


結婚を決めた人もいた。とても大きな決断。きっといろんなことを乗り越えて、幸せをつかむことができたんだと思う。


そして僕が一番時の流れを感じたのは、同じ会社の人が辞めることになったときだった。


彼が入って来た時、はたして仲良くなれるのか心配だったけど、さして何もできなかった僕に対して彼はとてもよくしてくれた。よく飯を食べに行ったし、入院してからも頻繁に見舞いに来てくれた。なんとなく、ずっと彼がいるような気がしていたし、職場に復帰するときにはもちろん彼がそこにいる気がしていたけど、それは僕の時間の止まった頭の中での想像にすぎなかった。


彼はある夜、それを伝えてくれた。僕は転職先が決まったことを祝福した後、電話を切り、消灯時間を過ぎて蛍光灯が消された廊下を点滴棒を引いて暗い病室に静かに戻った。


次の日は抗がん剤の投与が予定されていたので早く眠るべきだったけど、でもその夜はしばらく夜の外の景色を見た。巡回の看護師さんに早く寝て下さいねと言われても。


何を考えていたのかははっきり覚えていない。だけど、この一枚の窓を隔てたこちら側と向こう側で、物事の進むスピードが全然違うことを改めて痛感していたことは間違いない。忙しく、立ち止まることのない毎日を過ごしている人たち。次々と形を変えていく見えない大きな何か。僕の知っている外の世界はもうないのかもしれない。僕が戻ろうとしている場所はもう存在しないのかもしれない。僕はやっぱりとんでもないところへ来てしまったのか。夜の景色は何も答えない。


でも僕は、変かもしれないけど、予想外のことが起きるのが嫌いじゃない。もちろん、予想外に良いことの方が嬉しいけど、予想外のことが好きなタイプか嫌いなタイプかと言われると、たぶん好きな方だと思う。だから僕はこの予想外の状況に困ってはいるが、自分が他の人とは違った環境に置かれていることに興味津々でもある。


ま、こっちはこっちでやっていくしかないか。


ふと時計を見ると、消灯時間を3時間も過ぎていた。僕はベッドにもぐり込み、眠りについた。